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遠き地より愛を込めて<デルフィニア戦記>

※茅田砂胡著『デルフィニア戦記』より、本編終了後の祝勝会とウォル。









 戦勝に沸く国中で、ただひとりそれを心から喜べぬ者がいた。
 彼の人こそデルフィニアの唯一にして至高の存在、ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン。現世のバルドウとの噂も名高い、デルフィニアの王その人だ。
 ウォルとて、嬉しくないわけではない。
 中央に咲く華、大華三国。その中でもとりわけ豊かであるがゆえに常に他の二国からの侵略の脅威に晒され、ここ数年は動乱の耐えることのなかったデルフィニアにも、漸く平穏と呼べるものが訪れたのだ。王家を襲った悪夢の五年。庶出の王を巡った内乱。父と呼んだ人の死。タンガ・パラストとの戦争。スケニアの侵入。我ながらよくもったものだと感心するが、それを笑うものなど一人もいないほど、本当に様々なことが押し寄せてきた年月だった。
 失ったものもあれば、この年月で得たものも多く、しかしだからといって二度経験して無事ですむ自信などどこにもない。ましてや、この年月で最も頼りにしていた同盟者が、今、自分の傍にはいないのだから。
 彼女は自分の友であり、娘であり、妻だった。
 戦女神ハーミアの名に劣らぬ人離れした強さで、自分をここまで支えてくれた。
 しかし本当の彼女は彼女ではなく彼で、この世界の人間でもなくて、彼は迎えにきたものと一緒に自分の世界へと帰ってしまった。
 もう、二度と会えぬだろう世界へ。
「よう王様。なに腐った顔してやがる」
「……イヴン」
 酒が入って陽気になった人々の群れから抜け出して夜風にあたりに外に出た自分に気付いたのだろう。幼馴染であり今ではデルフィニアの中心を担う大切な一人である独騎長いつもの黒尽くめのいでたちでそこに立っていた。自分以外で唯一、リィのいなくなった真実の理由を知るもの。
 只者ではないと思っていた妻は本当に只者ではなく、今では国中の皆が彼女(彼)をデルフィニアのために降りてきた戦女神だと比喩ではなく信じている。
 自分が知る真実は違う。
 リィは異世界から落ちてきて、困り果てた俺を見かねて力を貸してくれただけの、俺の友だ。俺の我侭で娘として妻として傍に縛りつけ、一体何度その力に助けてもらっただろう。並外れた濃緑だけではない。彼女のその気高く苛烈な、稀有な性質に、何度救われたか分からない。
 突然に降って来た王座に、俺の周囲はそれまでとは全く違ったものになってしまった。それは父と呼んだ人さえ。
 狂ってしまいそうなその状況に、しかし逃げ出さなかったのは義務感からだ。この国に生れ落ちた以上、そして王の子として生まれた以上、王として上に立ち、国を守らねばならない。
 苦しかった。
 逃げ出したかった。
 なんの冗談かと嘆きたかった。
 けれどそれは、許されなかった。
「今頃……どうしているかねぇ、あいつ」
「…そうだな。…きっと何をしていてもルーファセルミィ殿とシェラと一緒だろう」
「まぁ、そうだろうな」
 闇と太陽と月。あれらは自分たちをそう言い表した。
 三人でいてはじめて完全となるものなのだと。
 それを悔しいと思わなかったといえば、嘘になる。
「そんなしょげんなよ! 王様の威厳も形無しだぜ? どうせアイツのことだ。そのうちひょっこりと戻ってくるかもしんねーし」
「……ああ、そうだな」
 きっと、永遠にこないその日を、しかし往生際悪く臨んでいる自分がいる。
「そうだといいな」
 囁くようになってしまった声に、イヴンが無言で肩を叩いた。
 この友の存在を、ありがたいと思う。
(俺は、この国の王として。オマエはひとりの戦士として。この命を賭して生きることを、ここに誓おう。……例え再び、合間見えることがなかろうと)
 離れていく友を背中に感じつつ、夜空に瞬く光を見つめた。

 

 見上げた星のその向こうに、彼らの世界はあるのだろうか。

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逃避行<高村薫「黄金を抱いて翔べ」ss>

※高村薫著「黄金を抱いて翔べ」から、その後の二人です。
 rewrite「乞う、十題」から、「泣いて泣いて乞うても」






 欲しいものがあった。
 得たと思った。
 けれど運命はかくも無情で。
 俺はそれを失った。


「幸田!!」
 ズキズキと、何処が痛いのかも分からないような疼きの中で、ぼんやりと目を開く。
「…気付いたか、よかった…」
 見慣れた顔は無精ひげにまみれ、見苦しい。名を呼んだ声は妙に喉に絡み、引き連れるように咳を零した。
「俺、は…?」
「熱出したんだよ。舟の中で。ったく、ずっと寝ちまってたから…もう舟からは降りてるぜ?」
 そういえば、と気付く。
 最後の記憶ではまだ波に揺られていたはずなのに、今はゆらりとも振動を感じない。
「……ここは」
「台湾だ。香港ルートでイギリスに飛ぶ」
「…そうか」
 徐々に、日本を出る前の会話が思い出されていく。
 足がつきにくいようにと、直線ルートをさけた。香港では偽造パスを手に入れる予定だ。
「……何日、ロスした」
「三日だな」
「…馬鹿なことを」
 一言二言の言葉でひゅーひゅーと鳴る喉に、自分が足手まといになっていることは疑いえない。
「そういうな」
 笑う北川の顔はくしゃりと潰れていて、心配したのだとひと目で分かる。
(俺なんか、構わないでいいのに)
 止まることがどれだけ危険なことか、北川はわかっているはずだった。
 弟を失ったのだ。
「楽しい夢でも見てたのか?」
 苦しそうな息してたのに笑ってたぞ。
 そういわれて、しかし夢の中身が思い出せないことに気付く。
「…どうだろうな……」
 がさりとした手が額の汗を拭い、俺は溜息をついて再び目を閉じた。
「幸田」
 暗闇の中で、北川の声が響く。
 どこまでも陽性だった彼にも、弟の死で拭いきれない闇の影がついていた。
 鉄の塊に、殺された春樹。
 いや、俺たちに、だろうか。
 痛みに、気付かない振りをした。
 嘆く権利などないだろう。
 切れ長の目。
 しなやかな身体。
 低音の、歌うような声。
 もう二度と手が届くことのないもの。
 俺の心を読んだわけでもないだろうに、北川の手が宥めるように湿った髪をすく。
「…我慢しなくてもいいんだぞ」
 優しい言葉が、棘だった神経に触れ、ぱちりと弾けて消えた。
 泣いて泣いて乞うても、君に見えることはない。

 モモ。

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落星<銀英ss>

※田中芳樹著『銀河英雄伝説』の二次創作です。提督が腿を打たれた後の話ですので注意。流血はなしです。ユリアン中心。











rewrite「乞う、10題」より、「決して他は望まないから」

 その人がけして見ることのない手紙を、延々と書き続けている。
 この気持ちに気付いたのはもう随分と昔のことのような気がするけれど、とても僕にはあの人を幸せにすることはできなかった。この思いはもう、叶うことなどない。出会った頃からあの人は近いようでとても遠いところにいて、僕はただ、忠犬のようにあの人の影だけを追いかけていた。けして追いつけないことに焦燥と、どこかしら安堵を感じながら。
 僕は臆病で、傲慢で、鼻持ちがならないやつだった。
 ずっとその傍に僕の居場所があるのだと、信じて疑わなかったのだ。
 偉そうに「守って差し上げます」だなんて。一体あの時の僕はどうしていたというんだろう!
 結局僕に出来たのは、守っているつもりで口うるさいことを言ってはあの人のささやかな楽しみを奪うばかりだった。暖かい紅茶に、香り高いブランデーをたくさん。そんな、簡単な、ことなのに。
 僕は所詮口ばかりの頭でっかちで、あの人の最期に傍にいてあげることさえもできなかった。
 全てが僕のせいだなんて言ったら、きっとあの人は怒るだろう。
『なぁユリアン。おまえがくしゃみをしたら宇宙は消えてなくなるのかい? そんなはずはないだろう? 物事をあまり深く考えすぎるのは少年期の業ではあるけどね。過ぎれば毒だよ。全ての原因を自分に求めるのは傲慢で危険な考えだ』
 でも提督。後悔をしないなんて、出来るはずがないんです。
 貴方さえいれば、未来は変わっていたかもしれないのに。
(でも、もう貴方はいない)
 亡国の英雄だとか、理想に殉じただなどと、綺麗ごとは聞き飽きた。
 それに提督は、英雄になることなど、一度も望まなかった。
(それを殺したのは、僕たちみんな、だ)
 彼をここに引きとめ続けたことが。



 押し殺したような泣き声が、宇宙を彩る。
 花に包まれたその人は、穏やかな顔で。
 もう、笑うことはない。



(神様。神様。僕には、たった一つだけなんです)
 この望みさえ叶えてくれれば、他に何を失ってもいい。
 国を失っても、この場所を失っても、それでも。
(ただ、この人だけを)
 決して他は望まないから。


 半身を失った女性の静かな涙が、ぽたりと落ちて、花を滑った。

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「ゆめのあとさき」(ゆめつげss)

※畠中恵著「ゆめつげ」の二次創作です。





 もう二度と夢告げをしないと決めて、ようやく一度の季節を回ったところだった。
 世の中の流れは早く、永く続くと思っていた武士の世が、終わりを告げようとしている。その中清鏡神社では、世の流れとは全く関係のない、しかし一部のものにとって極めて重要な問題が生まれようとしていた。



 それはさておき、清鏡神社の長子である弓月には、毎朝こなすべき勤めがある。本日も日が昇るかどうかという頃に弟に叩き起こされ、父と三人揃って祝詞をあげ、境内を掃き清めた。麦まじりの飯と漬物の簡単な朝餉を腹に納め、少々できた一人の時間に、先日彰彦から借りた書物をひもとく。
 流石大社とでもいうべきだろうか。もし興味があったらと案内された薄暗い書庫には壁一面に紙の束が積まれており、綴りあわされた読本に混じって、いつのものかも判然としない巻物や書き付けが秩序を保って並べられていた。その中の一つ、そんなに古くも貴重そうでもない読本を、弓月は彰彦の好意に甘え、借りてきたのである。何か借りずには帰れない雰囲気だったのもあるが。
 題材はよくある神代の記しものであった。神に仕えるものとして、従事する社の祭神に限らず諸々の知識を持つことは当然であったが、何分昔のことである。書物によって内容に大小の差が生じており、その齟齬を見つけ、考えるのが弓月のひそかな楽しみだったりした。
「にいさん、お茶が入りましたよ」
 背にした障子のむこうにはいつの間にか影があった。自分よりも背の高い、しっかりものの弟の。
「ありがとう。すぐに行くよ、信行」
 読み掛けの本に側に落ちていた書き損じの紙を挟み、立ち上がる。畳二枚を歩けばすぐに障子の前で、弓月はその戸に手をかけた。
「待たせたね、信行」
「にいさん、お茶が入りましたよ」
 ひいた戸の向こうには今正に障子に手をかけようというとしていたところで。
(はて。なぜ信行は同じことを二回もいったんだ?)
 いくら日頃から間が抜けていると言われようと、障子の向こうからかけられた声に気付かぬほどこの部屋は広くはなかったし、弓月の耳も遠くなかった。
 しかしぼけっと弟の顔を見遣った弓月は、徐々に変化する信行の顔色に、重大な思い違いに気付いた。
(まさか私はまたゆめとうつつを間違えてしまったのか?)
 重々注意していたはずなのに、と冷汗が背を伝い、それでもなんとかごまかせないかとにこりと笑う。
「なんだい信行。茶をいれてくれたんだろう? さぁ、冷めないうちにいただこうとしようか」
 通せんぼをするように開けた障子の前に立ちはだかる信行を避けるように、反対の障子を僅かにずらす。そこをするりと通り抜けようとして、しかし叶わず、弓月は進行方向と逆にかかった力につんのめりかけた。通り抜け様に信行に襟首をつままれたのだ。
「何をするんだい信行。私は犬猫じゃないんだよ。首がしまってしまうじゃないか」
 非難の声をあげた弓月はしかし年下のはずの弟に敵わず、ずるずると引きずられるようにして部屋へと逆戻りした。

「兄さん、説明してもらえますよね?」
 布団一枚ひけばあとは文机を置くのが精一杯といった広さの部屋の中、弓月は信行の前に正座をさせられていた。
「なんのことだい」
 惚けてみせた私に、信行の眉が見ていてわかるほど跳ね上がる。
(おお怖い。まるで仏画にある般若のようじゃないか)
 神道は八百万に神を見るため偶像的な神の姿形にきまったものはなかったが、仏教には仏や如来、仁王尊など、多くの像や絵画が存在した。信仰を別にしていてもそういった知識は入ってくるものだ。
 現実逃避をしかけた弓月を、しかし信行は逃がす気がないようだった。
「兄さん、見えなくなったというのは嘘ですね」
 正に直球だ。
 心の準備も何もない問いに、思わず弓月はこくりと首を縦に振っていた。もはや条件反射と同じである。
 そして頷いてしまってから(しまった!)と頭の中で頭を抱えたがもう遅い。凍るような信行の表情に次に身を襲う怒声を予測して目をつむり肩を竦めた弓月は、待てども降ってこない聞き慣れた怒声に、はてと首を傾げて目を開けた。そこにあったのは顔を真っ赤にして怒り狂う弟の姿ではなく、反対に血の気がすっかりなくなってしまったかのごとく真っ青な顔をした弟の顔だった。
「…身体は、大丈夫なんですか」
 いやに硬い声。そしてまだ生々しい血の記憶がはびこる記憶が呼び出される。
 あの青戸屋さんの事件の折り、ふがいない自分がどれだけ弟を追い詰めていたのだろう。
 今更にして思い知る。
「……大丈夫だよ」
 これ以上、ごまかすことはできなかった。訝しげな表情の信行は信じていないことが丸わかりで、苦くなってしまった微笑みを弓月は返す。
「嘘じゃないよ」
 それはつまり、弓月の夢告げが以前とは全く違ったものになってしまったことの告白と一緒だった。何とも言葉が出ないのか、複雑な表情で沈黙に沈んだ信行と変わらぬ姿勢で沈黙したまま、時間は過ぎゆく。
 ぴくり、と空気の動いた気配に、下げていた視線をあげた。
「……何もないなら、それでいいです」
 思わず零れたような呟きは、信行の心情をつぶさにあらわしているかのようだった。
「…心配かけるね」
「いいえ。兄さんがなぜ黙っていたかくらい、私にもわかりますから」
 ものわかりの良すぎる弟に、「全く、少しくらい兄の顔をさせてくれてもいいだろうに」と愚痴った途端、にこりと笑って手刀を落とされた。

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例えばのポッキーゲーム<子供の領分ss>

「例えばさ、今から罰ゲームで茅野とポッキーゲームしろって言われたらどーする?」


 新田が突拍子もないことはよく知っていたけれど、それでもここまで脈絡がないと対処に困る。せめてもの救いは現在児玉に連れられて委員会にでている茅野がここにいないことだろうか。もしいたら速攻でブリザード吹き荒れる視線と穴掘って埋まりたくなるほどの毒舌に晒されていただろうことは想像に堅い。
「…どうするって……どんな答えを期待してるワケ? 新田は」
 答えようもなく椎名に視線を逃がすと、真意の見えない笑みでごまかされた。
「あ、逃げんなよ小林ィ! じゃじゃ馬姫のナイト様なんだからな」
「ちょ、それ茅野の前でいったら洒落になんないんだから……!」
 咄嗟に口を塞ごうと伸ばした手を、軽くはたかれる。
「いーじゃないの。満更でもないんだろ。なぁ、椎名もそう思うよな」
「……あのねぇ、新田…」
 恨みを込めてねめつけた俺の視線を笑ってかわした新田が同意を求め、椎名に呼び掛けた。
「うーん…俺に言われても困るけど…」
 そうだそうだ、いってやれ! と心で騒いだ俺を、椎名の高校生とは思えないほど落ち着いた笑みが裏切る。
「まずじゃじゃ馬姫の茅野がそれを受け入れるか、だよね」
「椎名……」
 与えられたのは泥船に等しく、足を乗せただけでずぶずぶと沈んでいきそうだ。下手にコメントすることもできない。
(問題はソコじゃないだろぉ……)
 常識人はもはや俺一人、だったのだろうか。嫌過ぎる。
「でもアレだよな。茅野って女との浮いたウワサはひとつもないのに今年は男とのウワサが絶えなくて……結構気の毒なヤツだよな」
「新田ぁ……」
(勘弁してよ)
 その、ツイてないウワサの中には俺だって入っているのである。間違っても進んで入ったわけではないが。
「しかも豪華メンバーだしね。生徒会の武藤さんにイロオトコキングの加賀さん。首席ヤンキーの堤にハイジャン王子の小林………流石茅野、といったところかな」
「椎名まで」
 神はいない。少なくとも、今現在ここには。
「あと結構気になるのが昔のサッカー繋がりの知り合い、だよなぁ……川島とか?」
「………」
 俺は中学が茅野といっしょだった。だから、新田や椎名が知らない、知りたがっていることも知ってる。けれど結局はそれも、当人達が経験したことの十分の一にも満たないのだ。あの時間違いなく彼等は輝いていた。空高く舞い上がったその瞬間に前触れもなく他人の悪意によって地に落とされるのは、どんな気分だろう。俺にはわからない。けれど俺は悔しくて痛くて、そうしてしまった人間を憎んだ。
「俺は、言わないからね。茅野が言わないことを」
 はっきりと口にだした拒否に一瞬新田はぱちくりと瞬きをし。
「うん。わかってる」
「わ、わかってるって…」
 拍子抜けだ。
「俺だってそんなに阿保じゃないよ、小林」
(いや、阿保だとはいってないけど)
 思いの外強い視線に、呆気にとられた。だから、椎名の言葉は不意打ちだったのだ。
「そっか。小林にとってネックは堤じゃなくて川島なんだね」
「………!」
 にこにこと笑う椎名。
 何食わない顔でえげつないあたりをつついてくるので油断できないのだ。本当に。
 言葉につまってしまったのが、何より真実を示していた。
「…椎名」
 怨みがましい視線も、椎名の微笑の前では無力だ。
「うん。ちょっと気になってたんだよね。小林、堤が出てきても何も動揺してなかったのに、川島と茅野が一緒の時はなんか変だったからさ」
 だから揺さぶってみたというのだろうか。迷惑限りない。
「……あれー? つーか、なんの話してたんだっけ?」
(新田ァ………)
 ぱくり、ぽきり、とポッキーを食べながらのたもうた新田に脱力する。
 いい加減にしてほしい。ホントこところ。
 がらりっ
「なんだオマエら。まだ帰ってなかったのか。暇人だな」
「「「茅野」」」
 がつん、どごん、ばん!
 と賑やかな音を立てた後、僅か三秒で茅野の帰り支度はすんでいた。
 呆気にとられる俺らの前で。
「じゃ、な。お先」
 がらっ、と扉を開けて、去っていった。
 どうやら今日は伝達のみの集会だったらしい。
(……ああ、俺も部活行かなきゃ)
「……かえろっか」
「そうだね。小林も部活頑張って」
「あ、うん」
 図らずもかちあった椎名の視線。
(きっと茅野なら阿保か、の一言で切り捨てておしまいだな)
 容易に想像できた結末に、こっそり椎名と苦笑しあった。



吉原理恵子著『子供の領分』より

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