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逃避行<高村薫「黄金を抱いて翔べ」ss>

※高村薫著「黄金を抱いて翔べ」から、その後の二人です。
 rewrite「乞う、十題」から、「泣いて泣いて乞うても」






 欲しいものがあった。
 得たと思った。
 けれど運命はかくも無情で。
 俺はそれを失った。


「幸田!!」
 ズキズキと、何処が痛いのかも分からないような疼きの中で、ぼんやりと目を開く。
「…気付いたか、よかった…」
 見慣れた顔は無精ひげにまみれ、見苦しい。名を呼んだ声は妙に喉に絡み、引き連れるように咳を零した。
「俺、は…?」
「熱出したんだよ。舟の中で。ったく、ずっと寝ちまってたから…もう舟からは降りてるぜ?」
 そういえば、と気付く。
 最後の記憶ではまだ波に揺られていたはずなのに、今はゆらりとも振動を感じない。
「……ここは」
「台湾だ。香港ルートでイギリスに飛ぶ」
「…そうか」
 徐々に、日本を出る前の会話が思い出されていく。
 足がつきにくいようにと、直線ルートをさけた。香港では偽造パスを手に入れる予定だ。
「……何日、ロスした」
「三日だな」
「…馬鹿なことを」
 一言二言の言葉でひゅーひゅーと鳴る喉に、自分が足手まといになっていることは疑いえない。
「そういうな」
 笑う北川の顔はくしゃりと潰れていて、心配したのだとひと目で分かる。
(俺なんか、構わないでいいのに)
 止まることがどれだけ危険なことか、北川はわかっているはずだった。
 弟を失ったのだ。
「楽しい夢でも見てたのか?」
 苦しそうな息してたのに笑ってたぞ。
 そういわれて、しかし夢の中身が思い出せないことに気付く。
「…どうだろうな……」
 がさりとした手が額の汗を拭い、俺は溜息をついて再び目を閉じた。
「幸田」
 暗闇の中で、北川の声が響く。
 どこまでも陽性だった彼にも、弟の死で拭いきれない闇の影がついていた。
 鉄の塊に、殺された春樹。
 いや、俺たちに、だろうか。
 痛みに、気付かない振りをした。
 嘆く権利などないだろう。
 切れ長の目。
 しなやかな身体。
 低音の、歌うような声。
 もう二度と手が届くことのないもの。
 俺の心を読んだわけでもないだろうに、北川の手が宥めるように湿った髪をすく。
「…我慢しなくてもいいんだぞ」
 優しい言葉が、棘だった神経に触れ、ぱちりと弾けて消えた。
 泣いて泣いて乞うても、君に見えることはない。

 モモ。

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