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日々、つれづれなるままに
Posted on Sunday, Jun 08, 2008 23:58
※高村薫著「黄金を抱いて翔べ」から、その後の二人です。
rewrite「乞う、十題」から、「泣いて泣いて乞うても」
欲しいものがあった。
得たと思った。
けれど運命はかくも無情で。
俺はそれを失った。
「幸田!!」
ズキズキと、何処が痛いのかも分からないような疼きの中で、ぼんやりと目を開く。
「…気付いたか、よかった…」
見慣れた顔は無精ひげにまみれ、見苦しい。名を呼んだ声は妙に喉に絡み、引き連れるように咳を零した。
「俺、は…?」
「熱出したんだよ。舟の中で。ったく、ずっと寝ちまってたから…もう舟からは降りてるぜ?」
そういえば、と気付く。
最後の記憶ではまだ波に揺られていたはずなのに、今はゆらりとも振動を感じない。
「……ここは」
「台湾だ。香港ルートでイギリスに飛ぶ」
「…そうか」
徐々に、日本を出る前の会話が思い出されていく。
足がつきにくいようにと、直線ルートをさけた。香港では偽造パスを手に入れる予定だ。
「……何日、ロスした」
「三日だな」
「…馬鹿なことを」
一言二言の言葉でひゅーひゅーと鳴る喉に、自分が足手まといになっていることは疑いえない。
「そういうな」
笑う北川の顔はくしゃりと潰れていて、心配したのだとひと目で分かる。
(俺なんか、構わないでいいのに)
止まることがどれだけ危険なことか、北川はわかっているはずだった。
弟を失ったのだ。
「楽しい夢でも見てたのか?」
苦しそうな息してたのに笑ってたぞ。
そういわれて、しかし夢の中身が思い出せないことに気付く。
「…どうだろうな……」
がさりとした手が額の汗を拭い、俺は溜息をついて再び目を閉じた。
「幸田」
暗闇の中で、北川の声が響く。
どこまでも陽性だった彼にも、弟の死で拭いきれない闇の影がついていた。
鉄の塊に、殺された春樹。
いや、俺たちに、だろうか。
痛みに、気付かない振りをした。
嘆く権利などないだろう。
切れ長の目。
しなやかな身体。
低音の、歌うような声。
もう二度と手が届くことのないもの。
俺の心を読んだわけでもないだろうに、北川の手が宥めるように湿った髪をすく。
「…我慢しなくてもいいんだぞ」
優しい言葉が、棘だった神経に触れ、ぱちりと弾けて消えた。
泣いて泣いて乞うても、君に見えることはない。
モモ。
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