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「ゆめのあとさき」(ゆめつげss)

※畠中恵著「ゆめつげ」の二次創作です。





 もう二度と夢告げをしないと決めて、ようやく一度の季節を回ったところだった。
 世の中の流れは早く、永く続くと思っていた武士の世が、終わりを告げようとしている。その中清鏡神社では、世の流れとは全く関係のない、しかし一部のものにとって極めて重要な問題が生まれようとしていた。



 それはさておき、清鏡神社の長子である弓月には、毎朝こなすべき勤めがある。本日も日が昇るかどうかという頃に弟に叩き起こされ、父と三人揃って祝詞をあげ、境内を掃き清めた。麦まじりの飯と漬物の簡単な朝餉を腹に納め、少々できた一人の時間に、先日彰彦から借りた書物をひもとく。
 流石大社とでもいうべきだろうか。もし興味があったらと案内された薄暗い書庫には壁一面に紙の束が積まれており、綴りあわされた読本に混じって、いつのものかも判然としない巻物や書き付けが秩序を保って並べられていた。その中の一つ、そんなに古くも貴重そうでもない読本を、弓月は彰彦の好意に甘え、借りてきたのである。何か借りずには帰れない雰囲気だったのもあるが。
 題材はよくある神代の記しものであった。神に仕えるものとして、従事する社の祭神に限らず諸々の知識を持つことは当然であったが、何分昔のことである。書物によって内容に大小の差が生じており、その齟齬を見つけ、考えるのが弓月のひそかな楽しみだったりした。
「にいさん、お茶が入りましたよ」
 背にした障子のむこうにはいつの間にか影があった。自分よりも背の高い、しっかりものの弟の。
「ありがとう。すぐに行くよ、信行」
 読み掛けの本に側に落ちていた書き損じの紙を挟み、立ち上がる。畳二枚を歩けばすぐに障子の前で、弓月はその戸に手をかけた。
「待たせたね、信行」
「にいさん、お茶が入りましたよ」
 ひいた戸の向こうには今正に障子に手をかけようというとしていたところで。
(はて。なぜ信行は同じことを二回もいったんだ?)
 いくら日頃から間が抜けていると言われようと、障子の向こうからかけられた声に気付かぬほどこの部屋は広くはなかったし、弓月の耳も遠くなかった。
 しかしぼけっと弟の顔を見遣った弓月は、徐々に変化する信行の顔色に、重大な思い違いに気付いた。
(まさか私はまたゆめとうつつを間違えてしまったのか?)
 重々注意していたはずなのに、と冷汗が背を伝い、それでもなんとかごまかせないかとにこりと笑う。
「なんだい信行。茶をいれてくれたんだろう? さぁ、冷めないうちにいただこうとしようか」
 通せんぼをするように開けた障子の前に立ちはだかる信行を避けるように、反対の障子を僅かにずらす。そこをするりと通り抜けようとして、しかし叶わず、弓月は進行方向と逆にかかった力につんのめりかけた。通り抜け様に信行に襟首をつままれたのだ。
「何をするんだい信行。私は犬猫じゃないんだよ。首がしまってしまうじゃないか」
 非難の声をあげた弓月はしかし年下のはずの弟に敵わず、ずるずると引きずられるようにして部屋へと逆戻りした。

「兄さん、説明してもらえますよね?」
 布団一枚ひけばあとは文机を置くのが精一杯といった広さの部屋の中、弓月は信行の前に正座をさせられていた。
「なんのことだい」
 惚けてみせた私に、信行の眉が見ていてわかるほど跳ね上がる。
(おお怖い。まるで仏画にある般若のようじゃないか)
 神道は八百万に神を見るため偶像的な神の姿形にきまったものはなかったが、仏教には仏や如来、仁王尊など、多くの像や絵画が存在した。信仰を別にしていてもそういった知識は入ってくるものだ。
 現実逃避をしかけた弓月を、しかし信行は逃がす気がないようだった。
「兄さん、見えなくなったというのは嘘ですね」
 正に直球だ。
 心の準備も何もない問いに、思わず弓月はこくりと首を縦に振っていた。もはや条件反射と同じである。
 そして頷いてしまってから(しまった!)と頭の中で頭を抱えたがもう遅い。凍るような信行の表情に次に身を襲う怒声を予測して目をつむり肩を竦めた弓月は、待てども降ってこない聞き慣れた怒声に、はてと首を傾げて目を開けた。そこにあったのは顔を真っ赤にして怒り狂う弟の姿ではなく、反対に血の気がすっかりなくなってしまったかのごとく真っ青な顔をした弟の顔だった。
「…身体は、大丈夫なんですか」
 いやに硬い声。そしてまだ生々しい血の記憶がはびこる記憶が呼び出される。
 あの青戸屋さんの事件の折り、ふがいない自分がどれだけ弟を追い詰めていたのだろう。
 今更にして思い知る。
「……大丈夫だよ」
 これ以上、ごまかすことはできなかった。訝しげな表情の信行は信じていないことが丸わかりで、苦くなってしまった微笑みを弓月は返す。
「嘘じゃないよ」
 それはつまり、弓月の夢告げが以前とは全く違ったものになってしまったことの告白と一緒だった。何とも言葉が出ないのか、複雑な表情で沈黙に沈んだ信行と変わらぬ姿勢で沈黙したまま、時間は過ぎゆく。
 ぴくり、と空気の動いた気配に、下げていた視線をあげた。
「……何もないなら、それでいいです」
 思わず零れたような呟きは、信行の心情をつぶさにあらわしているかのようだった。
「…心配かけるね」
「いいえ。兄さんがなぜ黙っていたかくらい、私にもわかりますから」
 ものわかりの良すぎる弟に、「全く、少しくらい兄の顔をさせてくれてもいいだろうに」と愚痴った途端、にこりと笑って手刀を落とされた。

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