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岬の家で

※「岬の家」シリーズの番外編です。








 いくつもの命がここにはあって、いくつもの死が、訪れる。
 悲しみも、喜びも、怒りも楽しさも、若さも老いも、男も女も関係なく、全てを飲み込んで静寂へと帰していく。
 誰かに残る俺の跡も、そうして静かに消えていくのだろうか。
 そう思って、少しだけ、胸が軋んだ。






 皆が去って、喧騒の後だけが残された部屋。
 妙に空寒いような、寂しいような気持ちになって、動く気にもなれず、俺は直江が座るソファの下に座り込んだ。
「……なんかさ、こうしてると嘘みたいだよな」
 俺の魂がもうあと僅かも持たずに消滅してしまうかもしれないなどと。
 小康状態を保ち、血を吐くことも少なくなった身体。争いから遠ざかり、毎日朝に起き三食を食べ、夜には寝る健康的な生活を続けているからだろうか。それはほんの数ヶ月前の自分からはとても想像もつかない現状で、俺は時折これが夢ではないかと思ってしまう。
 けれども目を閉じれば蘇る映像の数々は夢というには生々し過ぎて、まだ塞がり切らない傷が心の表面でじくじくと膿をもらした。
 二度と会えない人々。
 残していく妹。
 死んでしまった盟友。
 道を違えた、かつての友。
 巻き込んだ見知らぬ人。
 恋を知った哀れな獣。
 そして傍らにいる、近い未来に必ず悲しませるだろう最も愛しい人間。
 俺の考えたことが見えたわけではないだろうに、男は投げ出した俺の手をとると、それが壊れ物ででもあるように、そっと握った。
「……そうですね。嘘、かもしれませんね。貴方は私と来年も、その次の年も、ずっとこうしていて、何を怖がっていたのかと笑っているかもしれない」
「直江」
 視線を向けるとそこには俺の頭を膝に乗せ、あまりにも優しい表情で微笑む直江がいた。
 その瞳はこの世の全ての哀しみを覗いて来たかのような深い藍を宿していて、しかしまたやがてくるべき哀しみを怖れているように、ちらちらと嫉妬に似た激しい色が燃えていた。運命に連れていかれるとわかっている恋人を持つ男の哀しみとは、どんなものなのだろう。俺は想像することも放棄して、知られないように深く息を吐き出した。
(……どうしたって、俺はこいつを残していくんだから)
 どれだけの時を経ても、再び人として巡り会いたかった。だから、いくら男が苦しんでも後をおうことだけは許せなかった。
 ならば、俺は何を、この男に残せるのだろう。
(俺が持ってるのは、この気持ち、だけだ)
 形のない思いだけを残すことは、男にとって残酷なのではないだろうかとも思う。
 だって、もう二度と触れることはできないのだ。
 そこに変わらず愛はあるのに、もう二度と。
(そんなの、俺は耐えられるだろうか)
 月も、星も、草も木も、この場所は変わらずに続いていくのに、ただ直江だけがいない世界を、俺は生きていくことができるだろうか。
(俺は一度、狂った。二度目は無理かもしれない)
 人の命の重さに差はないはずなのに、明らかに自分の中では男の存在が重かった。大切な人を亡くした悲しにくれる人をなぐさめる傍らで、己の唯一を失わなかった事実に安堵する。吐き気がするほどの偽善。
 けれど、これが俺だ。
 男の卑小さも狡猾さも猥雑さも、ひっくるめて愛した。
 その指の爪の先まで、俺のものだと主張した。
 盲目的な思いを、もう怖いとは思わない。
 ただ、終わりが見えているのが無性に苦しい。
「…夢であったらいいと、いつも思っていますよ」
「直江」
「……情けないですね」
 そんなことはない、という言葉は、喉の奥で蟠った。
 男の顔を見ることが出来ず、苦さが喉を焼く。


 波の音は止まることなく、いつもこの岬の家を取り囲んでいた。
 哀しみが、隙間なく押し寄せる、この家を。

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