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マザーランド<ツナとママン>

※旅立ちの日。別れを迎えた母の気持ち。














マザーランド





 逆光の中門の前に立った息子を見上げる角度が随分苦しくなってることに、その時漸く気付いたの。




(ああ、つっくんったら、いつの間にこんなに大きくなってたのね)
 馬鹿な子ほど可愛いとよく言うけれど、私が授かった子は一人だけだったし、それが例えどんな子であっても愛しいことには違いなかった。
(だって、母親なんだもの)
 実際息子は少々要領が悪く、世間でいう落ちこぼれだったのかもしれないけれど、そんなことは関係ない。
 この身体に命が宿ったその瞬間から、一度として彼を愛さなかったことなんてなかった。
(どうしようもなく、愛してるの)
 影になった表情を、じっと見る。
 ちょっとだけ、泣きそうな顔をしていた。
(泣いてもいいのに)
 そしたら、引き止めることもできたかもしれない。でも、自分の意思で涙を堪え、未来へ向かおうとしている息子に、そんなことは言えなかった。
(強くなったのね、つっくん)
 その事実は、心強さと、少しの寂しさを私に齎す。
 彼が、ただ強くなっただけだとは思わなかった。優しさを人に与えることができる強さ、思いを行動に移す強さ。そういったものを彼は得て、そんな息子が自慢だった。
(でもね、つっくん。泣けないような強さなら、そんなのはいらないわ)
 泣くべき時にも泣けないような、そんな人にはなってほしくなかった。私は多くは知らないけれど、息子が想像もつかない世界へと踏み出したことくらい、わかる。息子の大切な、そして私から見てもとても頼りになる友達たちが彼の傍にいてくれることが、救いだった。きっと彼等はお互いに支え競いあって、そして今よりもっと大きくなるのだろう。
(言いたいことは沢山あるのに)
 下手に何かを言うと、いけないと思っていることを口に出してしまいそうで。
 だから、大きくなったその姿を焼き付けるようにじっと見つめた。
 それは一瞬のような、もう一時間もそうしていたような。
 緩く微笑を浮かべた唇が、小さく開かれ、息を零す。渇いた唇を湿らせるように、小さく噛んだ。
(緊張、してるのね)
 見知った息子の癖に愛しさが込み上げる。
 遠い空のむこうに旅立つ息子。
「母さん。行ってきます」
「…いってらっしゃい、つっくん」
 万感の思いを込めて、ただ、それだけ。
(いつだって帰ってきていいの。だってつっくんの家はここなんだもの)
 激しく変わる環境の中で押し潰されることがないように。
 いつだって、ここで私は待ってるから。
(つっくん、覚えてて)
 青い空の下を未来へと歩き出した息子に、手を振る。
 笑顔で、見送った。
 彼が安心して先に進めるよう、そしてこの場所が少しでも彼の寄り所となれるよう。
「いってらっしゃい、つっくん!」
 やがて道の向こうに消えた背中に、それでも手を降り続けた。
(愛してるわ、つっくん)
 彼の向かった地も、この空は繋がっている。
(ひとりじゃないって、知ってるの)
 悲しみも痛みももう癒してはあげられないけど、でもこの空を見上げればきっと。


 愛してる。愛してるわ、つっくん。
 貴方の幸せを、いつでも願ってる。



 滲んだ涙を振り切って見上げた空を、雲が、ゆっくりと横切った。



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