鈍重たる雲が、水平線の際にわだかまる。遠く、下のほうに広がる青は陽射しにきらきらと飛沫を飛散させ、打ち寄せる波の音が涼を誘った。
「折角ですし、泳ぎますか?」
「…水着持ってねーよ」
男の提案に笑って返し、ちょうどよくあった岩に腰掛ける。
背後では深い緑の中に、永久とも思える蝉の声がこだましていた。
「しっかし、よく見つけてくるよな、こんなトコ…」
前方は海、背後は山、という絶景の場所はしかし、他に人影が見当たらない。
張り出した枝がつくった木陰も気持ち良く、俺は岩から降り、緑の下生えに腰を下ろした。
「たまたま、用事で通っただけなんですけれど」
近くの山道を通っていた時に不意に惹かれ、ここを見つけたのだという。
「……ふぅん」
涼やかな海風が首元に浮いた汗を冷やし、さらりと撫でていった。
「いいな、こういうの」
幼い頃から緑を身近なものとして育ってきているためか、都会のオアシス的な緑は物足りなかった。勿論東京にだって自然公園や皇居外苑など、緑が点在する。しかし静かに心休まるような場所、というのは中々なかったかもしれない。
「高耶さん。寝ているところすみませんが、飲み物はこまめにとってくださいね」
熱中症になったら困りますから。
心配性な言葉に、思わず笑う。素直にペットボトルを受け取るのは、直江がいつだって俺のことを考えてくれていると知ってるからだ。
海の近くに行きたい。そういった俺の言葉に、何も言わずここへ連れて来てくれたのは直江だった。海の近く、と言い、海に、とは言わなかった俺の我が儘を、直江はこれ以上ない完璧さで叶えてくれて。
人のいない場所にいきたかった。
霊もいない、自然と同化できる場所。
都会の時間に流されて、いつの間にか疲れていたのかもしれない。
「高耶さん? 寝てしまいましたか…?」
(起きてる)
目をつむったまま、否定する。
声を出すのも億劫で、背中から土と混じり合ってしまったような。
隣に感じる気配が心地よかった。
「もう……夏も終わりですね」
顔に被せられたタオル。
優しい手が前髪をすき、離れていく。
温もりが、俺を眠りに誘った。
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