※ミラゲオフ本『アマイセイカツ』その後です。
「……なんか間違ってる気がすんだけど」
ぼやきながら用意するのは二人で食べるには多すぎるくらいの量の料理で、俺は手を休める暇もなく、買い込んだ食材に次々と手を加えていく。時間はまだ二時を少し過ぎたばかり。それなのに先程から進めているのは晩餐の用意だ。
(でも、なぁ……千秋はともかく、ねーさんには逆らえないし……)
さっぱりとした性格の美人だったが、なにしろ腕っ節が強く、情けないことだったが男の自分でも力比べには負けてしまう。しかも大喰らいで美味しいものに目がないときては、もし約束を破ったら何を言われるかわからない。
「後は火ィ通して終わりのものと……ケーキか」
やはりどこか拭えない虚しさに、一瞬動きが止まる。今までつくったこともなかったような手のかかる料理の数々を眺め、みんなの(特にねーさんの)反応が少しだけ不安だったが、自信がないわけではない。だって、昔は独学だった料理も、今では調理師学校に通って基礎から覚えなおしたのだから。それに、いつも俺の料理を美味しそうに食べてくれる人達の存在が、俺に自信を与えてくれた。
(直江やねーさんや千秋が美味いっていってくれたら、それでいいや)
まだ、万人に胸をはる自信はないけれど。
「さぁーてっと」
製菓用チョコレートや砂糖を調理台に並べ、腕をまくる。
作るのは、ブランデーをたっぷり使ったチョコレートケーキ。最近覚えたテンパリングで、とろとろと冷たいコーティングをしようと思うのだが、うまくできるだろうか。先日作っておいた食用薔薇の砂糖づけを確認し、一つだけ口に放り込む。
「………あまい」
誕生日を祝われることなど、もう記憶にも薄いほど、遠い過去。どう振る舞っていいかわからない俺に、馬鹿騒ぎの理由だと逃げ道を作ってくれる優しい人たちの存在を知っていた。
(なんでみんな、そんなに)
戸惑う俺に構わず、伸ばされる手。
男の包み込むような笑顔。
いつの間にか心の中に滑り込んで、誰より俺の傍にきた人間。
舌の上でかしゃりと砕けた甘さは幸福の味に似ていて、俺はほっと頬を緩めた。
PR