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日々、つれづれなるままに
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Posted on Monday, Jul 23, 2007 21:35
※「アマイセイカツ」設定の高耶さん誕生日おめでとうss。
実は私、あまり料理が得意じゃないんです。
苦笑しながら言ったのは直江で。何度リクエストしてもやんわりと断られていたから、ホントに苦手なんだなとそう思っていた。
なのに。
「………ナンだコレ」
もうもうと、できたての美味しさを示す湯気。彩りといい、匂いといい、すごく美味しそう、なのだが。ただひとつ、問題が。
「……ハンバーグです」
「ああ、そりゃ見りゃわかる。……でもな、どこを探せば直径三十センチの大皿からはみ出るほどバカでかいハンバーグがあるんだよ!」
それは、とてつもなくでかかった。
「ちゃんと膨らんでるし、中まで焼けてる…」
いっそ、これだけでかいのに生焼けでないことがスゴイのではないだろうか。
「……ん、でもスープは普通じゃ………、ッ!」
まさか!と思って直江を見ると、渇いた笑いを零している。
「……まだキッチンに鍋ふたつほど残ってます」
「ひとつでもねーんだ…」
呆れて言葉が出てこない。
流石に炊飯器を使った米と野菜を切っただけのサラダに異常はなく、ほっと胸を撫で下ろした。
「……ねーさんでも呼ぶか」
知り合いの中でもずば抜けて大食漢の女性だ。これくらいならぺろりと食べてくれるだろう。
「……いえ、無理だと思います」
しかしそれは直江によって否定された。
「なんで」
「前に言ったでしょう。アイツはグルメだって」
「え、でも」
少しだけ味見をしたハンバーグは繊細さにはかけるものの、十分旨かった。
「この程度じゃ無理ですよ。通常の一人前くらいなら食べてくれるかもしれませんがね」
わかりきったことのようにいう直江に、軽く目眩がした。
「………マジで?」
「ええ。試しに呼んでみましょうか?」
でもちゃんとアイツが食べるものも用意しておかないと暴れると思いますが。
存在感のある料理と直江を交互に見つめる。
二人で片付けるには多すぎることが明らかな量に散々迷った末、俺は力無く首を横に振った。
「……そうですか。では、どうしましょう」
店舗スペースではなく、キッチンにつくりつけられた小さめのカウンターテーブル。この家にはダイニングルームがないから、俺と直江しかいないときにはここがその替わりをはたしている。
そこにどどんと置かれた、少なくとも五人前はあろうかという超特大ハンバーグ。
「……食べるしかねーんじゃねーの…?」
見ているだけで満腹になりそうなそれに、渇いた笑いを零した。
「帰ったら作るって連絡したのになんで…」
嬉しさももちろんあるが、加減というものを知ってほしいというのもひとつ。俺は微苦笑を浮かべる直江を流し見て、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
(ん? …………!)
手を離してすぐに戻る扉。
「……直江」
聞きたいことはいつだってたくさんある。
直江の真意を、俺はいつだって知らずに暢気に過ごしていて。
カラトリーを出す直江は微笑んだまま。
「なんですか?」
「………なんでも、ない」
こういうことは初めてで、どうしていいかわからなかった。穏やかな日常はとうに昔のもので。
「ああ、」
動揺を隠すこともできなかった俺に、恐らく直江は気付いたのだろう。
「高耶さんにお見せするのは本当に恥ずかしいのですが」
力無く笑って俺が閉めたばかりの冷蔵庫に手をかけ、それを開く。
中から取り出されたのは意外に小さなケーキだった。マフィンのような。
「実はお菓子を作るのは初めてでして」
だからこれだけはメイキングブックの通りに作ったという直江に、ハンバーグやスープほどの量がないことに納得がいった。しかしそれにしてもメイキングブックとて、一個からの分量はそうそう紹介していないはずなのだが。
「……白状しますと、他は全部、焦がしまして…」
追究したつもりはなかったのだがそう暴露した直江に、思わず目を見開く。込み上げてくる笑いに、直江がばつが悪そうに苦笑した。
「一個だけ成功するなんて、逆に器用だと思うけど?」
「………ええ、まぁ」
歯切れの悪さにぴんとくる。
「もしかして」
「………ええ。実はこれも少し焦げたので削りました」
「ぶぷッ…!!」
焼き上がった生地を前に途方に暮れる直江が容易に想像できて、笑いが零れる。直江もつられるように笑いだし、しばし二人で肩を震わせた。
「……なんとかデコレーションでごまかしてみたんですけどね……」
「うん。綺麗にできてる。ちょっと芳ばしい匂いがするけどな」
「参りましたね…」
「これでも見習い歴はそれなりにあるんだ。見くびるなよ?」
「高耶さんが素晴らしいパティシエであることは誰より私がわかってますよ」
直江の言葉を憚らない賛辞は恥ずかしくなるほどで、けれど俺は少しだけ、その言葉を信じている。
直江が俺を必要と思ってくれているのは真実で。
手に入れた幸せは優し過ぎて、時折夢ではないかと疑ってしまう。
けれど、柔らかい微笑みは、今は俺だけのものだった。
「…高耶さん。誕生日おめでとうございます」
白い、泡のようなクリームの中に埋もれた、赤い赤い果実が光る。
「貴方と出会えて、この日を一緒に過ごすことができてよかった…」
かちり、と電気を消した中に浮かぶ、柔らかい炎。
ちろちろと、ひとつだけ揺れる。
「生まれてきてくださって、ありがとうございます」
表情が見えないのは、暗いから、だろう。
じわ、と熱くなる目を凝らして、炎を見据える。
俺のような、ちっぽけな、ちっぽけな炎。けれど赤々と燃えて。
「………さんきゅ」
喉につかえた声は掠れて、僅かに頬がほてる。
暗闇に感謝した。
小さな、誰も気に止めないような、小さな幸せ。
ひとつひとつ積み上げて、やがて。
これは現実かと、疑わなくていい明日を。
強さと優しさを、欲しいと思った。